起業家でも、フリーランスでもない場所で働くということ
最近「起業家でもなく、いわゆるフリーランスとも少し違う、そんな場所でキャリアをつくっていく女性たち」について考えることが増えている。自分自身がそう、というのもあるけれども、決して自分だけじゃない。
独立する。
大きな組織に所属しない生き方を歩み始める。
個人事業主・ひとり社長。
英語圏だとsolopreneur(ソロプレナー)やfounder(創業者)。
どれも間違っているわけじゃないんだけれど、どれもしっくりこない。
いわゆるスタートアップ文脈の「起業家」「アントレプレナー」とは違う気がするし、フリーランスというほど、一つの特技・提供サービスが明確に定まっているわけでもない。
クライアントワークを通じて社会に価値を提供することもあれば、自分でゼロから何かをつくることもある。その比率は、時期によっても、テーマによっても変わる。
起業家のように、課題と解決策をパッケージ化して自分の事業として展開するというよりは、プロジェクトとプロダクトの間を行き来している感覚に近い。
意外と、こういう人って少なくないんじゃないだろうか。特に30-40代の同世代を見ていると、そう思うことが増えている。
たまたまかもしれないけれど、企業を離れて独立して活動している同世代の日本人女性が、アメリカの東海岸の自分の近しい友人の間だけでも片手以上いる。
彼女たちと話すのは
弁護士・税理士どうしてる?
いつ、どうやって法人化した?
仕事とプライベートのバランスどうしてる?
新しい案件、どうやって開拓してる?
フルタイムで企業に属したままだったら・・のタラレバってあるよね
これから何をやりたいと思ってる?
この生き方を歩んでいる仲間同士だらこそ共有できる「あるある」。
それぞれ状況は全然違いつつも、みんな、自分が大切にしたい価値観や働き方の柔軟性といったプラス面を、収入の安定や福利厚生、組織を通じたキャリアアップの機会といった手放したものたちと天秤にかけながら、なんとかやっている。
そういう仲間がいるだけで、この未知なるjourneyを歩むということに対して肩の力を抜いて前に進めるような気になるものだ。
一方で、ふと思う。
これって、知り合いがいなかったらどうするんだろう。
体系だったノウハウがあるわけでもない。「この道を行けばいいよ」という地図もない。それぞれが、手探りで、経験則を持ち寄っているだけ。もし、そんな現状を変えることができたら?そんな妄想が、最近よく頭をよぎる。
名前が存在していないが故のコミュニティの欠如、という課題に加え、このテーマに私が個人的に強く惹かれている別の理由は、こうした生き方を選んだときに発揮を求められているリーダーシップのあり方にもある。
自分が連想するのはゴールドマンで働いていた頃と、Acumen(NPO)で働いていた頃を比べたときの感覚。
一般的には前者のほうが「ハードモード」に見られがちだけれど、実際に自分の頭がジンジンと痺れる感覚があったのは、Acumenにいた頃も同じくらいだった。
リソースが圧倒的に限られている環境。その一方で、共感するビジョンのスケールは大きく、内的動機を最大化する環境が整っている環境。具体的には、一緒に働く人の存在。組織を率いるリーダー陣のあり方。自分たちの仕事が生み出すインパクトの手応え。
そういった環境要素の掛け算もあり、気づけば常に、「人・智慧・お金といったリソースを調達し、ビジョン達成のために活かし、見えてきた『次に取り組むべきこ』に向かって行動していく」そんなサイクルの中にいた感じ。(だからこそ、ソーシャルインパクト界隈でバーンアウトが起きやすい、という話にもつながる)
その中で学んだのは、限られたリソースの中で、物事を前に進めるために、こんな力が求められるということだった。
オープンマインドでいること(howにこだわりすぎない、状況に応じて形を変える勇気をもつ)
共創の姿勢を持つこと(自分一人でできることには限界がある)
ステークホルダーとの丁寧なコミュニケーション(違う文脈に立つ人たちと協力しなくてはいけないので、自分の「当たり前」を押し付けてないかに注意を払う必要がある)
行動しながら学びを蓄積していく力(証明された「地図」がある道のりじゃないから)
コンフォートゾーンを出る勇気
個人としてのストーリーテリング力
自己認識力を磨く(自分視点+他者視点の両方)
不確実性への耐性
自分のエネルギー・状態に自覚的になること、境界線をひく力
これは、いわゆる「起業家育成」の文脈でももちろん出てくる要素でもある。ただ、私が面白いと思うのは、これらはすべて、冒頭で書いた「起業家でも、フリーランスでもない場所」で道を切り拓いていく生き方にも、同じように求められる感覚があることだ。
でもこの領域は、まだ分かりやすい名前がない。 だから「同じ種類の人たち」として集まりにくく、コミュニティにもなりづらい。 (実態としては、たくさんいるのに。)
それでもこの道を歩くには、上に書いたような、かなり骨太なリーダーシップが必要になる。
そういう意味でこれは、個人のキャリアの話であり、リーダーシップの話であり、そして——たぶん、コミュニティの話でもある。
だからこそ、このまだ名前のついていない領域、もしかしたら孤独な人も多いかもしれないこのフィールドについて、もう少し丁寧に眺めて、言葉にしてみたいと思っているのかもしれない。
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