ブログの更新が減った理由を考えてみて気付いた事

一ヶ月以上振りの久々のエントリー。二週間前くらいに一つエントリ-の下書きを携帯上で書いていたものの、結局それが公開されることはなく・・。今日の仕事帰りの電車の中でふと、ここ数ヶ月更新が激減してしまった理由はなんなのか、と考えながら気付いた事。

ブログから足が遠のいていた理由・・

いくつか心当たりはある。たとえば

でも、どれも少し違う気がする。今年の夏にこの都市で見聞きし、体験したこと、考えたことは実はいっぱいあったはずだし。比較的長いメールを日本語で書くことは苦ではないのだし。時間がなかったのか?!と思ったけれど、・・・・いや、絶対あった。だったら何でスキマ時間が出来た時に「あ、これブログに書こう」ってならなかったのか。以前は「書きたい、伝えたい」って思って睡眠さえ削って書いていたはずなのに。

ブログを続けている日本人(海外経験有)と更新しなくなった人

そこで思い出したのが「海外の大学院に留学している日本人が海外滞在中はたくさんブログで発信しているのに、日本に戻って仕事を始めたとたんに更新しなくなる」という事象(個人的な観察による)。私がボストン留学時代(2012年-2013年)に仲良くなった日本人数人は確実にこのパターン。「ホーム」(日本)に戻ってから彼らの個人メディアが更新される頻度はグンと減った。人によっては完全にゼロ。仕事が忙しくなり、かつ「ホーム」(日本)という環境下では仕事以外のことも忙しくなるのだと思われる。
全体的に自分のソーシャルネットワーク内では「Away」(日本国外)にいる日本人・または複数都市を行き来している日本人のほうがブログの更新が高い(人によってはFacebookが日記みたいになっている人もいる)。本業も結構忙しそうで、仕事以外のことにも色々手を出している人達でさえ、頻繁な情報発信を欠かさない。(かなり小さなn数かもしれないけれど)

自分が伝えたい、と思った事を届けたいと思い浮かべる相手と自分の物理的距離

そんな二つのグループの日本人の発信傾向を見ていて思ったのは、「伝えたいこと」と「伝えたい相手」の物理的な距離が遠ければ遠いほど公な形での発信量が多くなるのかもしれない、ということ。
その仮説に基づいた場合の「更新頻度が高かった時の自分」と「更新が減っている今の自分」を比べてみた

遠かったからたくさん更新した、したいと思ってた。多分。
一方、今は・・・・。

要はニューヨークでの生活が長くなるにつれ「伝えたい相手」として自分の頭に浮かんでくる人達が以前(ボストン時、ニューヨーク初期)と変わってしまい、その影響がブログ更新頻度に影響しているのかも、ということ。
今でも日本にいる人達/友人に伝えたいと思うことはいっぱいある。たまにFacebookで日本語投稿するのはそんな時。インパクト投資セクターの話も、仕事でデザインしているハイブリッド型MOOCの話も、コミュニティデザインの話も、まだまだ日本語で発信したいことはいっぱいあるのだけれど。それでもこっちで生活の基盤/所属するコミュニティ/大切な人達が少しづつ固まっていく中で、少しづつ小さな変化が自分に起きているような気がしてる。
大前研一さんの「人間が変わる方法は3つしかない。ひとつ目は時間配分を変えること。ふたつ目は住む場所を変えること。3つ目は付き合う人を変えること。どれかひとつだけ選ぶとしたら、時間配分を変えることが最も効果的なのだ。」を思い出す。いや、NYに引っ越してきて転職して9時半〜6時半勤務(といっても結果重視なので、週末や夜にちょこちょこやったり、出勤が11時を過ぎたりなどほぼフレックス)環境下になり、全て3つ変わってますけど、という感じ。
ここまで日本の外の環境が自分にとって「ホーム」と感じるのは今迄の人生で初めてなのでちょっとその変化にドキドキしながら、最近はいつ次日本に一時帰国しようかなと考えます。あまり離れすぎると(ニュースも日本語ではまったく追っていないので)それはそれでちょっと問題なような気もしたり。でも今年はなんとなくクリスマスはこっち(またはロンドン?)で過ごしたいような気もしたり。

ブログの更新が減った理由を考えてみて気付いた事(画像1)
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