子育ては、親の在り方を問い続ける

2週間ほど前、5歳の息子の態度が特に悪い日が1週間も続くことがあった。

平日帰宅後、何しろ態度が悪い。

在宅勤務のパパも私もピリピリした空気が続き、トリガーされるたびに息子は怒られ、ほぼ毎日泣く。

そんな日々に、私たち夫婦も疲弊していた。
家族みんなが、どこか険しい空気をまとっていた。

息子が生まれてから、そこまで深刻なイヤイヤ期もなく、比較的平和に子育てができていたと思っていた自分も「いよいよここまでか」と、息子との向き合い方をガラリと変える必要があるかも、と覚悟を決めた頃 - 同級生の親仲間との会話の中から、息子に影響を与えていた大きな要因が判明した。

どうやらその週は州レベルで公立小学校の上級生の一斉テストがあって、5歳の息子たちは「昼休みは外で遊んではいけない」「廊下は静かに歩かなくてはいけない」「教室でも大声を出さない」などどと色々と抑圧される環境にあったらしい。

幼いながらも色々我慢して日中過ごして学校生活を過ごす。その不満が帰宅後にそれぞれの家庭内で爆発・・そんなことだったらしい。

なるほど、彼の行動の背景には、そういう要因もあったのか。

見えている振る舞いの奥には、親には見えていない世界がある。

自分が見えていなかった部分を気付かされる。そんなことを体験した。

息子には、今回の出来事をもとに「ムカムカしたり、upsettingなことがあったら、そういうことが今自分に影響を与える」って言ってほしい、と伝えた上に、私の好きな逸話を紹介した。

「心の中には二つの⚫️⚫️(息子の名前)がいる」。
怒りや嫉妬、不安に支配されるevilな⚫️⚫️。
喜びや思いやり、勇気を持って行動できる努力家のangelな⚫️⚫️。
どちらが勝つかは、自分がどちらを育てるか・応援するか・優先させるかで決まるんだよ

——そんな話。

実はこれはアメリカ先住民の間で語り継げられていたとされている逸話で、厳密には⚫️の部分は「狼」で “The wolf we feed(エサを与えている方の狼”として知られているものであり、私がたまに聴くポッドキャストThe One You Feedの冒頭で流れている内容だ。

学校でフラストレーションがたまって、evilな⚫️⚫️が勝ちそうになったなら、それを教えてくれたら、一緒になんとかすることができるよね。

⚫️⚫️が怒りやイライラに身を任せて八つ当たりしたら、親の私たちの中にいるangel vs evilの戦いにも影響があるんだよ、私たちだって自分たちのevilに負けたくないんだけれど、人間だから。

本当は親として忍耐強く、サポーティブで、息子のさまざまな感情やエネルギーの波に適応できる人間でいたい。でも、私たちの中にもevilがいて、怒りや悲しみに衝動をコントロールされてしまって、あとで後悔するような発言や行動をしてしまうこともある。

そんな話が5歳の彼にはとてもしっくりきたらしく、それ以降、今の自分はangel vs evilのどちらが勝っているか、というのを時折報告したり、フィードバックを求めるようになってきた。そして、そんな彼の姿を見ながら親としての自分の中でどちらの「狼」を今自分は育てているだろうかということを振り返る機会にもなっている。

こうした経験を重ねるたびに思う。

子育てとは、子どもを育てる営みであると同時に、親の在り方が問い続けられる営みなのだと。

  • 自分の大事にしていることを理解するきっかけ(特に自分が何にトリガーされるか、は自己理解につながる分析データの宝庫である)。

  • 自分とは違う他者に対する想像力を働かせるきっかけ(身近なところでは、子供本人、一緒に子育てをしているパートナー、etc)

そんなことを考えているとき、これまた別のポッドキャストで紹介されていた「The Gift」という詩の中身が、「子育ては親の在り方を問い続ける」「親の成長を促進するきっかけとなりうる」ものにピッタリだったので、ここに抜粋内容を載せておく。

この詩はDr. Shefali Tsabaryという人の「The Awakened Family」という書籍の中に掲載されているものらしい。

日本語の意訳(一部)

  • 反抗する子に恵まれたなら、コントロールを手放す学びを得るきっかけをもらったのだと捉えよう

  • やることを先延ばしにする子に恵まれたのなら、「今・ここ」の美しさや価値を知るきっかけをもらったのだと捉えよう

  • 敏感な心を持った子に恵まれたのなら、自らが地に足をつけるきっかけをもらったのだと捉えよう

子どもを変える前に、親である自分の在り方が問われている。そんな詩。

子育てを通して問い続けられているのは、子どもの振る舞いではなく、それにどう向き合うかという、親である私たち自身の在り方なのかもしれない。

このテーマをさらに深めたい方へ

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