ポラリティマネジメントと、アウフヘーベンする、と色々。

今回はずっと書きたいな、と思っていたけれどなかなかまとめて書く機会がなかった、ポラリティマネジメントというアプローチについてのメモ。

以前書いたトリガーの話と同じように、一度その概念を知り、その視点で自分または自分の目の前で起きていることを捉え直すことが癖になると、それを知る前の自分には戻れない。そのくらい個人的には大きなインパクトを与えてくれた考え方だ。

過去エントリー:自分にとってのトリガー(trigger)を理解する

一番最初にその考え方と出会ったのは、8年働いた前職のNPO法人Acumenにて。

まず、自分自身が学ぶ機会があって、個人・チームで仕事をする上で日々自ら仲間と実践する機会があり続け、そして組織のミッションの一部として、その考え方や応用のあり方について他者(具体的には社会に良い変化を創ろうとしていた起業家精神を持つ世界中のリーダーに)届けることをした。

なので、「ポラリティマネジメント」という物事の考え方やスキルとの付き合いは7年目に突入するくらい。随分付き合いが長くなってきた。

このエントリーでは、①ポラリティマネジメントって、②具体的にどんなポラリティを扱ってきたの、③たくさんある隣接するキーワードや概念、④実際に体現するために大事なこと、をざっくり簡単に整理しておこうと思う。

ポラリティマネジメントって

日本語でも「ポラリティマネジメント」で、検索でほとんど何も出てこないこの考え方を英語で検索すると大体Barry Johnson氏にたどり着く。なぜならばこの彼がこの考えの第一人者であり、著書を出していて、コンサル会社も経営していて、商標を持っているからだと思う。その会社は組織にこの考え方の研修を届けたり、育成プログラムの普及(おそらく人材育成会社などへのライセンス付与なども)をやっている。

ポラリティは単純に日本語に訳すと「極性」。彼の定義だと「ポラリティ=矛盾しているが相互に関連しあうAとB」を指す。この「相互に関連しあう - interdependent」というのがポイントだ。

具体的には「息を吸う」と「息を吐く」の関係性。両方とも同時に起こることはないんだけれど、息を吸う、をある程度したら、吐く必要性が生まれる。私たちが生き続けるためには、どのくらい息を吸うかが、その後どのくらい息を吐くことにつながるかに影響を及ぼす。もちろん逆も然り。そんな関係性にある二つのことをセットで「ポラリティ」とJohnson氏はいう。

私たちの身体はすごいもので、息を吸う/吐くのポラリティを無意識に、自然にバランスよくやり続けている。「マネジメント」している、なんて感覚は誰も持っていない。

ただ、私たちの身の回りにあるポラリティの中には意識的に向き合わなくてはいけないもののほうが多いのだ。

ポラリティの例

例えば、

  • 他人への思いやり、と、セルフケア

  • 仕事・生産的なことに精を出す、と、ただ休むことに集中する

  • 話す側になる、と、聴く側になる

  • 守ること、と、攻めること

  • 相手をサポートするために手を伸ばす、と、相手を信頼して待つ

なるべくバランスよくありたいな、と思っても息を吸う吐くほどは自然にできないし、自分にはパターンやバイアスというものがあって、意識していないと、どっちかに偏る傾向があったりするものだ。

また、私がこの概念を最初に学んだ時の文脈はチーム・組織におけるポラリティだったのでこういうものもよく出てきた。

  • 経済的リターン、と、社会的インパクト

  • 少数の意思決定者が決める、と、できる限り多くの人の声を汲み取ってから決める

  • 現実を見る、と、理想を見る

  • 質を重視、と、量を重視

  • 今までの強みを大事にする、と、今までのやり方に縛られない道を探す

どれも、チーム・組織が日々走り続けている中で、それぞれのパターンやバイアスというものがそれまでの経験を通じて・またはそこで働いている人たちの集合体として築き上げられていて、俯瞰したりする機会がないと、どのように偏っているかを考えることもあまりないものだ。

大体気づいた時は偏っていてその弊害の症状がチームや組織に表面化した時のことだったりする(「皆の意見や感情を尊重するあまり、意思決定がやっぱり遅いよね、このチーム」という軽症の発見から、「あのリーダーはいつも話すばかりで我々の意見を聞いてくれない。だからミーティングで思っていることを声に出すのはやめた」という人が多発するというもう少し深刻な状況まで)。

私の当時の仕事の文脈でこの考え方をリーダー(社会起業家を含む、複雑な社会課題を解決しようと向き合っている人たち)に届ける必要があったのは、まさに彼らがポラリティだらけのシチュエーションが溢れる「大航海の旅」を歩んでいる・歩もうとしている人たちだったから。

社会課題の解決という理想と現実まずどうサバイブするか、の話であったり、ミッションドリブンの組織だからこそ集まってくる想いあふれるメンバーのことを大切にしつつも組織として決めるべきことをスピード感もって、規律や愛ある厳しさをもって前に進まなくてはいけないリーダーとしての任務を遂行する、の話であったり。

とまあ、そんな文脈で触れていたこの概念についてはflexiblityとstructureという軸についてわかりやすく説明している動画があったので、ここに貼っておく。

隣接する概念やキーワード

具体的にBarry Johnsonはこのポラリティをマネージするためにどういうことを推奨しているの?というhowのところには割愛するとして(ヒント:googleでpolarity mapって検索)そんな自分が学んだポラリティマネジメントって、色々他のテーマと繋がっているのだな、というつぶやきをここに書き残しておきたい。

Harvard Business Reviewが2016年に出していた“Both/And” Leadershipという記事、以前もこのブログで触れたTushman教授の著書である「両利きの経営」(日本語訳は2019年 - Amazon.co.jp)、今年3月には舘野さん・安斎さんコンビから出版されたパラドックス思考という本。その本はまだ読めていないのだけれど、出る前からCULTIBASEであった、このウェビナーをみたとき、まさにポラリティマネジメントの世界だな、とワクワクしたのを覚えている。

CULTIBASE: 現代組織におけるマネジメントの役割を捉え直す:マネージャーが向き合う4つの命題が生む矛盾とは?(2022年5月webinar)

ポラリティマネジメントはある種のコンフリクトマネジメントの一つのあり方と捉えることもできるし、チーム・組織カルチャーにマインドフルになり皆でマネージしていこうというダイアローグのきっかけの一つと捉えることもできる。

Barry Johnsonがいっている「課題を(解決策を見出すべき)課題として捉えるのではなく、うまく付き合っていくべきエネルギー体として捉える(=energy to manage)」という話は、グロービスの中村さんが「経営」を語る時に使っていた「」という話を連想させるし(合気道的な)。

また、システムの中で何かに偏り・負担が起きると、別の部分がそれを補う作用を生み出すことでunintendended consequence(予期していなかった結果)が起きる話はシステム理論東洋医学につながる話と感じてる。

過去エントリー:アトピー対策にシステム思考を応用すると

また、どうやってその組織・チームまたは自分と他者の間、自分の中といったシステム体で起きているポラリティに向き合って前に進むか、という話の部分には、バイアス・盲点の話や、自己認識の話、極の両方の良いところを見出そうとするオープンマインド、傾聴の姿勢や存在承認という行動が必要になり。

チームでこれに向き合っている場合は、それぞれの極のプラスの部分、マイナスの部分に対する共通認識を醸成する対話そもそも共通で存在していうはずの目的・目標に視点を切り替えることであったり、そもそもステークホルダー全員が一緒に上を向くような・向きたいと感じるような目的・目標が設定/共有されていたのかどうかの話にも繋がってくる。

そして、自分が最近まで知らなかった、ドイツ語の「アウフヘーベンする」ということも近い香りがする(ちなみに、アウフヘーベンする、とは以下の記事の中では「対立する二者を超越した結論を導く」と定義されている。個人的にすぐ忘れちゃいそうだったので、タイトルにいれた、笑)

マイナビニュース:アウフヘーベンの意味って? 使い方や例文をわかりやすく紹介(2021年1月)

そもそも目の前にあう課題はポラリティなのかも?!と立ち止まるきっかけとなるのは、キュッと窮屈さを感じる身体感覚を(もちろん感情も動いているはずだけれど)という切り口もマインドフルネス的で面白い。

ポラリティとうまく付き合い、エネルギーをマネージするために大切なこと

ちなみに感情マネジメントの世界と一緒で、ポラリティも、押さえつけようとしても、なかったことにしようとしてもそれは無理。むしろその存在が自分らしさであり、その存在が自分が大切にしている価値観がどこにあるかを察知するサインですらあったりする。ほら、そもそも「氣」だし。

関連エントリー:「嫉妬」との向き合い方

ポラリティが存在している「現場」が組織であっても、チームであっても、二人の人間の間でも(夫婦とか親子とか)自分という一人の人間の中でも、まずは見つけてあげること。最初から両方の軸が見えていることは難しくて、最初は一つの課題に見えることが多かったりもするから少し訓練が必要になる。もちろん解決すべき課題の場合もあるけれど(腕を骨折した時は、治療が必要)、何度も繰り返すな、この構造・・というときだったり、もしかしたら・・と周囲を見渡す余白を強制的にでも作ってみると見えてくるものがあったりする。あとはこれってポラリティかも?と気づきを壁打ちする相手とか。

そして、見つけたらまず、存在を承認すること。自分・自分たちのデフォルトのものではない、逆の視点の存在を、価値観を。密かに自分たちの大切にしている方よりも劣っているよね、と見ているかもしれない対象を。そして、受け入れることはできなくても「そういう見方もあるよね」と一旦とりあえずまな板の上にはのっけてみるということ。

それだけでも、自分の今まで好きだった軸の立場が少し脅かされる気がしてソワソワしたり、相容れない部分だけが見えやすくなって却下したくなる気持ちがモヤモヤでてきたりすることもあるのだけれど、でもそこが頑張りどころ。

最終的にその、自分のデフォルトではない考え方の存在を承認することができるようになったら、好奇心をもって耳を傾けてみること。早く何らかの現状脱出の道を見つけたい気がしてモヤモヤするのだけれど、ぐっと我慢。

そもそも今自分・自分たちはどういう在りたい状態・目指している場所があったんだっけ。そこにいくために、こっちの考え方で役に立つ部分はなんだろうか。その「氣」も見方にすることができたらどういう未来が拓けそうだろうか。

・・・そうか、実はこれがあることも重要なんだな・・そう腹落ちすれば、こちらのもの。

頭や身体がきゅっと緊張していた状態から少し緩んでいく状態にシフトが始まる。

Barry Johnsonの本には「loosen the grip」「強く(綱引きの綱を)握りしめている、その手を緩める」という言い回しがある。一旦チームが、または個人が「握りしめていた手を緩める」ことができると、その後は生成的な対話(じゃあ、目指している場所にいくためにどうしようか)を始めることができる。もちろん、その緩めるまでの段階が大変で(ポラリティの存在の発見を含む)それまでには色々と周囲のサポートだったりコーチのような関係性の人との対話が必要だったりするのだけれど。

もちろん全てのことがポラリティマネジメントで対応できるわけじゃないものの、「今自分が対峙している葛藤や緊張感はもしかするとポラリティなのか?」という問いは、「今の私の行動・感情はもしかすると自分にとってのトリガーのせいかもしれない?」という問いと同じように、日々生きていく上で便利なものだな、と思っている。

Barry Johnsonの組織でのポラリティのマネージのあり方はもう少し具体性があって実践的なアプローチが紹介されているので興味がある人は本をみてほしい。

Polarity Management: Identifying and Managing Unsolvable Problems (Amazon.com) Barry Johnson - 2014年6月

And: Making a Difference by Leveraging Polarity, Paradox or Dilemma (Amazon.com) Barry Johnson - 2020年5月

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